紅剣太平録

第一閲覧室

緋色の刀を持った豪腕の剣士が主人公。時代小説のようだ。


諸手川を右手に構え、土手を下りきったその男は、急に足を止めた。
「どうした、ここで仕掛けぬか?」後ろから忍び来る静かな足さばきたちが、いぶかしむ様にその音を消した。
だが、男はその一言を静かにつぶやいた後は、頑として足を進めなかった。
諸手川のせせらぎの音だけがこの場にある唯一の音となった。誰何というにはあまりに当然の、昼餉でも摂ろうかといった風の声。
だがその声を発した男の佇む様は、あたかも鹿背山の大岩のような堅牢さを気配として漂わせていた。物陰に隠れ潜んでいた人影らは、息を吐くと各々の腰にある鞘から、密やかにそ
の刃を露わにした。
斬り殺すという行いに長けた手練の者たちだけが持つ、乾いた殺意があたりに満ちるのを、男は月下に感じていた。何者からも声も名乗りもない。
だがこの男にとっては、そのような剣気の満ちる場所こそが、雄弁な語りの場でもあった。「やはり乱世であろうと、異界の地であろうと、太平の世であろうとな。俺自身の変わるところではないようだ。」その男の声は、限界にまでに引き絞られていた大弓の弦のごとき有様であったこの場で矢を放つようなものであった。月しろしめす中に三つの影と白刃が、交錯するように、男へ向って奔った。
追っ手であったこの者たちは、いずれも金で雇われたにせよ、金で雇われるに足るだけの剣の腕を備えている。だが、男はそのうちの一人の側に身体を傾けるや、ゆらりとその刃を潜り抜け、その背へと一閃を迸らせた。
上弦月の冴え渡る中、この追っ手らが手に持つ銀の刃に相対するように、この男
の手から優雅に曲線を描いた剣刃は、紅くその身を躍らせていた。


→「面白かった!」
 「時代劇なんかもう古い!」


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